千葉地方裁判所 昭和43年(ワ)87号 判決 1970年4月08日
原告 斉藤馨
右訴訟代理人弁護士 小高丑松
被告 皆倉義博
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 田中登
右訴訟復代理人弁護士 小池健治
主文
被告らは各自原告に対し三〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月二七日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、請求原因一の事実中、原告主張の日に、原告主張の場所で、被告皆倉運転の被告車が、道路左側を歩行中の原告と衝突し、原告が陸橋から転落したことは、当事者間に争いがない。
(事故発生時刻)≪証拠省略≫によると、同日午後六時二〇分ないし三〇分の前後頃に本件事故が発生したことが認められる。
(陸橋の高さ)≪証拠省略≫によると陸橋の高さは約五・五米であったことが認められる。
(背後から衝突したこと)これを認めるに足る証拠はなく、却って、≪証拠省略≫によると、原告は、市原市の方に向かって歩いていたが、衝突の前にうしろの千葉市方面から走ってくるタクシーを拾おうとして、千葉市方面(被告車の方)を振り返っていたこと、および被告皆倉からは原告の顔が見え、被告車が左端ガードレールにスリップして行ったのと殆んど同時に原告があわてた様子で左端ガードレールにかけ寄ったのが見えたことが認められるので、衝突は背後からではなかったことを窺うことができるのである。
(傷害の部位、程度)≪証拠省略≫によると、原告は、本件事故により請求原因一に記載のとおりの重傷を負ったことが認められ、反証はない。
二、請求原因二の事実は、当事者間に争いがない。
三、(損害)
1、付添費用
≪証拠省略≫によると、原告が本件事故による受傷のため、同四二年二月一一日から同年三月一二日まで国立千葉病院に入院し脾臓摘出の手術などの治療を受けなければならなかったこと、および右入院期間(三〇日)は、原告の母親が付添看護にあたっていたこと、原告は入院当時腹腔内に大量の出血があってショック状態を呈し、夢中で痛い痛いと言っており、直ちに翌日にかけて脾臓摘出手術を受け、手術後は体の自由が利かず、また手術後一〇日位して脾臓をとられたことを原告の父親から聞き精神的影響を受け一時ノイローゼ気味になったこともあり、当時母親は農業の忙がしい時であったのに付添していたこと、入院後三週間経過した頃担当医師が原告にもう退院してもよいと述べたが、まだ歩くこともできず自分の用も足せなかったのでその後一週間は退院しなかったこと、以上の事実が認められる。
そうだとすると、傷害の程度などからみて付添看護の必要があったと認められ、原告は、職業付添人の付添看護料相当額の財産的不利益を受けたものと考えられ、母親が無償で看護したのではあるが、職業付添人の看護料相当額の費用は損害として認めるのを相当とする。そして、職業付添人の看護料相当額が食費をふくめて少くとも一日一、〇〇〇円を越えることは公知の事実である。
そうだとすると、原告が付添費用として三〇、〇〇〇円を越える損害を蒙ったことを認めることができる。
2、得べかりし利益
(イ)、後記のとおり証人堀部治男の証言によって認められる事実に照らすと、原告本人尋問の結果によってもまだ脾臓摘出のため原告が労働能力を喪失したことを認めさせるに足らず、他にこれを認めるに足る証拠はない。
(ロ)、自動車損害賠償保障法施行令別表によると脾臓を失ったものは同別表八級一一号に該当することになっているが、このことから当然に脾臓を失った場合には労働能力を喪失するということはできない。
(ハ)、≪証拠省略≫によると、脾臓をすっかり取り除いても、その機能は、すべて骨髄、肝臓、リンパ節が代行することができ、代行しても人体にも右代行臓器にも影響がなく、日常生活はもとより肉体労働にも支障を来たさないことが認められるのである。
(ニ)、そうだとすると、原告の脾臓を失ったことによる労働能力喪失を理由とする得べかりし利益の主張は理由がないことになる。
(ホ)、ただ被告は、原告の入院期間(一箇月)および退院後の休養期間四箇月半の五・五箇月分について、一箇月(二五日)分の収入二四、四九八円合計一三四、七三九円の範囲では、休業による損失があったことを認めているが、≪証拠省略≫によると、原告がすでに自動車損害賠償責任保険による保険金により治療期間における補償費という名目により三五九、一〇〇円の支給を受けていること、このうち一日一、一〇〇円、一七一日間合計一八八、一〇〇円が休業補償費であることが認められるから、これによって補償されていて、損害としては残っていないことになる。
3、慰藉料
以上に述べた当事者間に争いのない、または当裁判所が認定した事実に、≪証拠省略≫によって認められるところの原告が本件事故により折角入社した川鉄を同四二年八月頃退職しなければならなかったこと、その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには八〇〇、〇〇〇円をもって相当と認める。
ただし、≪証拠省略≫によると、イ、治療期間における補償費として原告の給付を受けた保険金三五九、一〇〇円のうち一日一、〇〇〇円、一七一日間合計一七一、〇〇〇円は、傷害による慰藉料であること、ロ、障害補償費として保険金六四〇、〇〇〇円の給付を受けていることが認められる。
右ロの障害補償費の中には、(一)、後遺障害による財産的損害と、(二)、後遺障害による慰藉料等の両者が含まれているはずであるが、前記のとおり労働能力の喪失を認めることができない以上、右全額が(二)の後遺障害による慰藉料に充当されるべきものであったといわざるを得ない。
そうだとすると、右イの一七一、〇〇〇円とロの六四〇、〇〇〇円の合計八一一、〇〇〇円を、原告は慰藉料としてすでに補償を受けているものと言わなければならなく、慰藉料の請求は、理由がないことになる。
4、弁護士費用
結局原告は、1の付添看護料三〇、〇〇〇円の損害賠償請求権のみを有するところ、≪証拠省略≫によると、同人が原告の父として被告らとの間で本件事故による損害賠償の話合いをしたとき、被告らの方では強制、任意両保険から一、五〇〇、〇〇〇円は出るからその範囲で話を決めてくれとの申出でをしたが、同人の方としてはもう五〇〇、〇〇〇円位は出してくれということで話がつかなかったことを認めることができる。
そして≪証拠省略≫によると、強制保険からは、一、一四〇、〇〇〇円が支払われていることが認められる。
従って被告らの申出でを承諾していたならば、あと三六〇、〇〇〇円の支払いを受けることができ、前記1の三〇、〇〇〇円をまかなって余りあることになっていたことになる。
そうだとすれば、原告としては、本訴を提起するまでもなかったことになるから、弁護士費用の請求もまた理由がないことになる。
四、結局、原告の本訴請求は、そのうち右三の1の付添費用三〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四四年三月二七日から民法所定年五分の割合による遅延損害金を被告らに対し連帯して支払うことを求める部分は、正当と認められるから、この限度でこれを認容し、その余は、理由がないことになるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条但書を適用して、仮執行の宣言については、これを付するのを相当でないと認めてこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 木村輝武)